2014年11月24日

◆金武町米軍流弾事件の考察!(2008/12/22)旧ブログ閉鎖で保存移転。

◆金武町米軍流弾事件の考察!(2008/12/22)旧ブログ閉鎖で保存移転。
◆M2重機関銃弾の到達距離◆
金武町流弾事件1.gif沖縄県金武町伊芸区の住宅駐車場の車に銃弾がめり込んでいた事件は当該銃弾が米軍のM2重機関銃から発射された可能性が高い事が判明しました。流弾事件の発生時とされる10日午後にはキャンプハンセン演習場内の「レンジ7」でM2重機関銃の実弾訓練が実施されていました。事件発生を受けた地元伊芸区、金武町、防衛省沖縄防衛局からの訓練中止要請に対して米軍司令部、在沖米国総領事館は銃弾の出所が米軍訓練に伴う因果関係が確定しない段階での訓練中止は出来ないと拒否し、事件後も訓練は通常通り継続実施されています。
★21日には伊芸区住民の一斉捜索で現場から100m離れた道路から新たに銃弾が発見されました。
この様な状況の中で地元、金武町議会、沖縄県議会も抗議決議を採択しましたが米国側は依然として責任を認めていません。
◆ブローニングM2重機関銃
金武町流弾事件2.gifそもそも沖縄県内で口径50/100インチ銃弾を使用しているのは米軍と自衛隊に限定され因果関係は明白です。恩納岳周辺に点在するキャンプハンセン演習場内でM2重機関銃の射撃訓練が実施されるのは主に「レンジ7」で過去にも何度か流弾事故が発生しています。
◆米軍は改善策として射角制御装置と呼ぶ鉄製の枠内に銃口を固定する措置を執って来ました。GP(ガンポジション)と呼ばれる射撃ベースは通常はコンクリートで固められた水平の銃座で射撃方向側に射角制御の鉄製枠を取付、M2重機関銃の銃身を枠内に差し込む事で射撃角度が水平から上に向かない様にして安全を確保すると説明して来ました。
金武町流弾事件3.gif「レンジ7」は恩納岳の南西側斜面に位置し恩納岳に向かって射撃する事になりますが過去には恩納岳を越えて10km以上離れた名護市許田の国道58号線を走行中の車に被弾した事例も有ります。
◆米軍の訓練内容も過去のベトナム戦争当時には国頭村の北部訓練場でのジャングル内でのサバイバル訓練が知られていますが近年は中東での砂漠、荒れ地の戦闘を想定した訓練がメインとなり最近は特にアフガニスタンの山岳地帯での戦闘に備えた野戦訓練に重点を移しています。
従ってM2重機関銃の射撃訓練でも荒れ地での緊急展開に備えて従来のコンクリ−ト製の銃座以外にも鉄板を敷いた仮設銃座、更には荒れ地を踏み固めただけの野戦銃座を使う可能性が有ります。
M2重機関銃1.gif◆その様な事から今回はM2重機関銃から発射される銃弾(初速853m)が実際に到達する距離を具体的に検証して見ました。
仮に米軍側が言う射角制御装置で水平射撃を行ったとしても射撃訓練銃座の位置が恩納岳の中腹で標高が高い場合には最大では6km程度まで銃弾が到達する事になります。米軍の公式発表でもM2重機関銃の射程は最大6.8kmとされています。
上に述べた銃座の設営条件、射角制御の不備などの理由で発射角度が少しでも上向きの場合を考えると最大25kmまで到達します。
M2重機関銃2.gif★今回、作成した図に示す様に発射角10度では銃座の標高を問わず銃弾の到達距離は25kmになります。
発射角5度でも13km程度となり銃座の位置次第では恩納岳の標高362.8mを飛び越える事が分かります。名護市の許田に届いた事例は、この条件に合致します。銃座の標高が0mでも発射角3度では銃弾の到達距離は7.7kmに及びます。
この様なM2重機関銃の性能を考えるとキャンプハンセン演習場での実弾射撃演習が如何に危険かが如実に証明されると思います。
M2重機関銃3.gif★<追記>米国内では軍事訓練が市民生活に及ぼす影響に付いての情報公開と訓練の制限が法律で定められて地元の合意無しには不可能です。これが沖縄では日米地位協定で事実上無制限で容認されている事が、海兵隊のグアム移転が進まない要因です。
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★どうする普天間?あらゆる選択肢を徹底検証!(再掲)
★安倍首相と天皇家のルーツ(OCNブログ人)2006/10/03<追記有り>
★琉球人は日本列島の先住民族!自己決定権は最大限に尊重すべき(国連人権委員会)
★防衛大臣はオスプレイを過大評価するな!事実を直視すれば導入は間違いだ!
★欠陥機オスプレイの自衛隊配備は間違いだ!隊員の命を危険晒す責任は誰が負う!
★オスプレイは何故、歪な異形の欠陥機になったのか?海兵隊の無理な要求が奇形の原因だ!
★オスプレイは進化した未来機では無い!歪な未完成の欠陥機を何故に評価するのか?
★オスプレイ安全神話捏造に加担した沖縄タイムス!(2012/09/28)旧ブログ閉鎖で保存移転
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posted by Ryukyuan.isao-pw at 15:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 米軍事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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